河内ひとみのあらかわ日和

2022年5月11日 2022年5月9日

あらかわ元気クラブの河内ひとみです。
はじめに新型コロナ感染者数はこれまでにない、想像を超えるほどの増加によって、対策が追い付かない状況が続いております。
感染者は入院も宿泊療養もできないことが当たり前となり、自宅での待機を余儀なくされたパートや非正規労働者にとっては生活難に直結するものです。
 区内の外国人家族からは、「一家全員陽性者となり食料が届くと言われたが一向に届かない。食料がなくなった」とNPO法人に連絡があり対応したという事態が起こっています。再度確認すると委託業者は「間に合わない」と言ったそうです。
 療養生活を強いられ生活困窮化に追い込まれている皆さまにお見舞いを申し上げるとともに、行政として支援が行き届くよう対策をお願いいたします。

(1)「医療的ケア児及びその家族に対する支援について」

医療的ケア児とは「日常生活及び社会生活を営むために恒常的医療的ケア(人工呼吸器による呼吸管理や、喀痰吸引その他の医療行為)を受けることが不可欠である児童」と医療的ケア児支援法に記述されています。
この背景には医療の発達により高齢出産の増加や乳幼児の死亡率が減少したことがあります。そこに保護者のさまざまな状況が重なって医療的ケア児をめぐる問題が増加したのです。
 厚労省の令和元年の推計データでは、0歳から19歳までの在宅医療的ケア児は約2万人いるとされています。
昨年6月11日に医療的ケア児及びその家族に関する法律が成立しました。そこで本年1月14日に小児在宅医療の第一人者である「はるたか会」理事長の前田浩利先生を講師に招き、勉強会を開催しました。人工呼吸器をつけて生活している児童が呼吸器を装着しながら好きに動き回っている映像を拝見しました。

これまでの医療的ケア児は保護者が退職を余儀なくされ、特別支援学級や特別支援学校で対応してきました。
 全国の医療・福祉現場で働いている議員の仲間のなかにも、医療的ケア児を出産した議員がいます。「普通の保育園や学校に行かせたい。介護疲れで24時間子供の寝息がアラームとなって熟睡したことがない。気が付くと同級生や友人、家族と疎遠、いつが朝でいつが夜なのかわからない。自分のミッションは寝てはいけないこと」と、政治や行政の支援がないまま闇の中で暮らしていた、と当時のことを話しています。ひとり親で医療的ケア児を育てている方や、親が面倒を見られず兄弟が面倒を見る、取り巻く環境は複雑化しています。
 法律の制定によって手を差し伸べる仕組みが始まります。本当に仕事を辞めなくても大丈夫な仕組みになるのでしょうか。法律では国や自治体及び保育所・学校の設置者に対して、医療的ケア児が通う保育所や学校への支援措置を課しています。しかし現状は経管栄養を受けている児童でさえ保育所に預けられない、普通学級に入れず特別支援学級で対応しているのが現状です。
 海外では、医療的ケア児に親が付き添わなくても、必要な医療行為は保育所や学校が対応するべきとなっており、親が退職に追い込まれないですむ環境が整っています。
こうした環境を実現するためには、医療的ケア児が地域で健常児と同様に普通に暮らすことができるよう健常児と同じ保育所や幼稚園、普通学級に入園・入学できるということを現場の職員が受け入れるために、まずは関係者が心構えを大きく切り替えることだと思います。看護師の資格がなくても研修を受ければ医療的行為ができる仕組みづくりが必要です。
まとめて3点質問します。
① 区内における19歳未満の医療的ケア児の実態人数を教えてください。
② 医療的ケア児に対する保育所や学校等での現状は、どう対応しているのでしょうか。
③ 荒川区における「医療的ケア児支援法」に対する医療的ケア児や保護者への体制整備の計画はどのようになっているのかお聞かせください。

【答弁 片岡福祉部長】

現状についてですが、区内に20名の医療的なケアが必要な児童等が生活をしています。このうちの8名が中度の知的障害と重度の肢体不自由が重複した重症心身障害児です。
区ではこうした児童に対して、保育の受け皿を確保するため、児童の居宅において、児童一人に対し保育者一人による保育を行う居宅訪問型保育事業を令和2年6月から開始しております。区立学校・幼稚園では、今年度医療的ケアをご自身で行う児童が在籍しておりますが看護師等による医療的ケアを要する幼児・児童・生徒はおりません。
令和4年度からは、医療鄭ケア児支援法の施行に対応する新たな取り組みとして、医療的ケア児とその家族が地域で安心して暮らすことができる体制を整備するため、医療的ケア児とその家族に対して総合的な支援を行う医療的ケア児等地域コーディネーターを荒川区障害者基幹相談支援センターに配置します。
また、医療的ケア児等と暮らすきょうだい児がいる家庭にホームヘルパーの派遣を開始し、きょうだい児が保護者と触れ合う時間などを確保できるよう支援をしてまいります。
併せて、こうした取り組みを着実に進めていくとともに、医療的ケア児等の支援に関わる保険や医療、障がい、保育、教育等の関係者で構成する荒川区医療的ケア児支援協議会におきまして医療的ケア児に関する情報の共有と、保育施設や学校等における医療的ケア児の環境整備などに努めてまいります。

(2)介護事業所における介護職員の処遇改善について

第1波から第6波まで、介護保険事業所では利用者が減って収益が減少しているところもあります。また、人材においてもコロナ感染が拡大し昨年の第5波の後、ある事業所では「業務負担が増えているにもかかわらず昇給がない、ボーナスも1カ月カットではやり切れない」と退職者が出ています。
そして残った人材でこの第6波をさらに過酷な業務増でこなしているという、かなり厳しい状況です。遠方に住んでいる娘も仕事が休めない医療職のため、「保育園が休園だから来てほしい」と私にまで連絡をよこしています。
岸田新政権は2月から介護や保育職員に対する処遇改善支援として9000円の補助金を出すと打ち出しています。質問します。
 補助金の取得要件ですが、補助金の3分の2以上を介護職員へのベースアップに利用することとなっており、同じ事業所で働くケアマネジャーや訪問リハビリや事務員などは対象外です。
今回の補助金は2月から9月までとなっています。10月以降は介護報酬への単価引き上げで対応するという予定です。
補助金の額も事業内容によって変わります。訪問介護事業なら当月の報酬に2.1%を掛けたものです。事業所の全体報酬が少ない事業所ほど9000円アップにまで至りません。

要件では2月からの賃上げ開始となっていますが、区として事業所への周知はどのようにしているのでしょうか。次に、補助金が終了する10月以降は処遇改善加算として単位数が上乗せされます。利用者への説明をするケアマネにも説明業務が増えることにつながります。加算は利用者にとっても負担となり、ケアマネの説明も理解しにくいものです。
 介護報酬ではなく補助金での仕組みを継続するべきと考えます。国への申し入れをするべきと思います。
10月以降、区として介護事業所や利用料が増えてしまう利用者に対してどのように説明、周知するのでしょうか。特に単位数オーバーする利用者も発生するでしょう。オーバー単位数は丸々全額自己負担となります。
また、10月以降処遇改善加算に上乗せとなった場合、次期介護保険改定で介護保険料への影響はどの程度予想されるのでしょうか。利用者負担や将来の介護保険料増を迫られる区民に対して、区としての負担軽減策などをお聞かせください。

【答弁 片岡福祉部長】

介護職員の処遇改善は、コロナ克服・新時代開拓のための経済対策の閣議決定に基づき、令和4年2月から9月まで、介護職員処遇改善補助金により実施することとされております。本事業は、新型コロナウイルス感染症への対応と少子高齢化への対応が重なる介護職員の処遇改善が目的とされており、収入を3%程度引き上げるための経費を補助するものであり、全国で1千億円程度の予算となっております。
 補助金事業は、都が申請等の窓口や支援の窓口や支給などの事務を担い、区では介護事業所への周知を図っているところでございます。問い合わせを受けた際は都のコールセンターを案内するなど、事業者が円滑い手続きできるよう適切に対応しております。
 また、この処遇改善事業は、国の制度の終了後、10月以降は会陰時の介護報酬改定を行い、会お報酬に組み入れる形で制度を継続することとしております。
 区では、この改定におきましては、利用者にとって料金の負担が増えることから、パンフレット等を通じて利用者および事業者へ丁寧に周知をしてまいります。
 報酬改定に伴う介護保険料に与える影響の試算においては、処遇改善加算が適用される対象事業の総介護給付費の見込み額約130億円に処遇改善の平均影響率1%台前半の比率をかけて、高齢者人口や負担割合の指標を合わせて計算をいたしますと、介護保険料はおおむね70円程度の影響額とになるものと思われます。
 この影響額に対し、令和5年度末までの第8期介護保険事業計画の期間中は、介護給付費準備基金を活用することで介護保険料を据え置くことにしております。
 また、令和6年度から令和8年度までの第9期の保険料に関しましては、本年10月の処遇改善に係る改定を反映しつつ、介護給付費や高齢者数、要介護者数の将来推計、令和5年4月に行われる報酬改定等を踏まえ、適切に試算してまいります。

(3) 荒川区の平和都市宣言について
 戦後77年たった今年は、日本と中国との国交正常化から50年目という年に当たります。「日中平和友好条約」締結までには6年の歳月がかかりましたが、国交正常化以後、経済、文化、観光などさまざまな分野で活発に交流が行われてきました。 
この50年の間に世界の経済環境は大きく変わりました。中国は世界第2位の経済大国となり、反対に日本は「失われた30年」と言われる経済の低迷の中にいまだにいます。そして米ソ対立から米中対立へと世界の構造が変わり、「新たな冷戦」が言われるようになりました。そして日本政府の中国に対する態度も変化しました。特に安倍元首相は「中国の脅威」を盛んに口にし、国民の「反中国感情」を作り出し、煽(あお)りました。最近では、アメリカの対中戦略に沿って「中国が台湾を侵略する」などと「台湾危機」を演出するほどです。この方向は岸田首相になっても変わりません。
「日中平和友好条約」締結の前提には「一つの中国」「台湾は中国の一部」という共通合意があります。台湾問題は中国の内政問題ということです。また、合意した中には国際関係の大前提である「相互内政不干渉」というものもあります。要するに相手の「国内問題」にあれこれ注文を付け、果ては指(さし)図(ず)したり制裁を加えたりしないということです。 
ところが、最近の日本政府はこの原則を忘れたようです。自国が抱える実態を棚上げにして「人権」や「民主主義」振りかざすアメリカに同調して中国を攻撃していますが、果たして、これは日本の将来にとっていいことでしょうか? 考えものです。多くのマスコミも同様です。あるお年寄りは、「今のマスコミの中国、韓国・朝鮮の報道を見ると戦前に似てきた」とおっしゃいました。
さらに、この50年の変化の一つは戦争を知らない世代が増えたことです。戦後生まれの国民は約85%になりました。日本の大学では「日本がアメリカと戦争をしたのですか?」「どっちが勝ったのか?」「パールハーバーとは日本のどこの湾なの?」などと質問する学生もいるとのことです。それは戦争の記憶が薄れたということを表しています。
アメリカとのことだけではありません。日本と中国との歴史、日本と東アジアとの関係についても同じです。かつて日本が大東亜共栄圏を掲(かか)げて中国を侵略したことや朝鮮を植民地支配したことなども知らない若者が増えているのです。
若者たちを含め、国民の多くが歴史的事実を知らないということは、事実を知られたくない人たちには都合がいいかもしれませんが、日本との間で、被害・加害の関係にあった国々との交流や友好にとっては決していいことではありません。それは、「加害者は加害の事実を忘れるが、被害者は被害の事実を忘れない」からです。これは自分の身に置き換えれば分かることです。
日中国交正常化50周年に当たる今年は、悪化した日中関係にとって改善のための大きな契機の一つと思います。いたずらに対立を煽り立てるのではなく、将来を見据えて互いを理解することが重要です。そもそも、国の体制も民族的違いも承知した上で国交を正常化し、平和友好条約を結んだのですから、今さらその違いを言い立てるなどとは「友好の精神」に反するというものです。まして米中対立が深まる中、アメリカに同調して一方に加担するなどは日本にとって何一ついいことはありません。米中対立に巻き込まれてはいけないのです。
荒川区は1995年10月24日に平和都市宣言を行い、1996年にはウィーン市ドナウシュタット区、2006年済(チェ)州(ジュ)市、大連市中山(ちゅうざん)区と海外友好都市関係を結びました。以来、今日(こんにち)まで交流が続けられ友好が深められてきました。なかでも大連市との間では「日暮里コレクション」が開催され、全国有数の繊維街である日暮里繊維街に注目が集まり、国際交流の役割に大きな弾みをつけました。こうした国際交流は絶やさないようにしていただきたいと思います。
交流の目的には経済的利益を含めてさまざまありますが、どんな交流にせよ、基本は「互いの違いと共通していること」を理解すること、特に自分と相手との違いを理解し尊重することが重要です。これをなくして交流の意味はありません。そして、こうした取り組みの積み重ねが人種や民族の違いを理由とした差別をなくすことにつながり、今も国内にある差別問題への理解と解決にもつながるのだと思います。国際交流事業は「人権教育の一つ」でもあるのです。
「日暮里コレクション」は本格的なファッションショーとして、国の内外からも注目されましたが、昨年はコロナの影響によって残念ながら展示審査となってしまいました。しかし、このファッションショーは国際交流が大事なことであることと、日暮里繊維街の活性化に役立つものと改めて感じることができました。
コロナ感染症が落ち着いたら、再び、大連のモデル芸術学校と共同して「日暮里コレクション」の開催をお願いしたいと思います。また、ウィーン市ドナウシュタット区や済(チェ)州(ジュ)市との交流も大連と同じように、都市間の交流が住民同士の、区民・市民相互の交流の基となり、民族や人種の違いを超えて、国も地域も共存できる平和な社会の実現の一歩につながるものと考えます。
そこで伺いますが、荒川区が1995年に告示した「平和都市宣言」の理念についてと、これに沿った民間レベルでの国際交流を今後も進め、深めていくつもりがあるのか改めてお答えください。
中国との「平和友好条約」や「平和都市宣言の理念」の原点に立ち、平和や友好、人権の大切さを地域から発信し、誇りを持って将来の世代に引き継ぐことのできる荒川区を目指してほしいと思います。質問を終わります。

【答弁 小林総務担当部長】

平成7年10月に行った荒川区平和都市宣言は、平和な世界が長く続くことを願うとともに、平和は私たちが育むものとして、平和のための活動の必要性を伝えております。
区はこれまでも平和の大切さや尊さをあまねく区民の皆様に広くお伝えしていくため平和パネル展の開催や東京空襲関連パネル展の開催に加え、次代を担う子供たちを対象とした平和に関する紙芝居や映画鑑賞の実施、学童疎開の絵日記の展示、平和首長会議が主催する絵画コンテストへの参加等の各種取り組を実施してまいりました。
 また、尾久空襲を語り継ぐ会の方を講師としてお招きし、区内中学校において公開授業を実施するなど、地域の方々にもご協力をいただきながら、平和を願う心を大切にする地域づくりにも取り組んでまいりました。
 区といたしましては、平和都市宣言にお示ししたとおり、平和が永遠に続くことを願い、平和の大切さを明日の世代にも着実に伝えていくことができるよう今後とも啓発活動等について内容を工夫しながら、継続的に取り組んでまいります。

【答弁 古瀬地域文化スポーツ部長】

区では、オーストリアウイーン市ドナウシュタット区、韓国済州市、中国大連市中山区の3都市と友好都市提携を結び、様々な交流事業を実施しております。しかしながら、新型コロナの影響によりこの2年間は海外友好都市との交流事業の実施が困難な状況下にあります。そうした中、区といたしましては、ドナウシュタット区との交流25周年を記念いたしまして、ビデオレターによる新たな交流を実施するなど、顔の見える関係を継続できるよう、引き続き取り組んでまいる所存でございます。