斉藤ゆうこのあらかわ日和

『藤澤前区長と弁護人が「収賄はなかった」と無罪を主張』(パート1)
-斉藤ゆうこの公判レポート(その3)
[2005年8月23日、藤澤志光氏収賄事件第10回公判の傍聴メモより(1)]

 8月23日の藤澤前区長公判を傍聴しました。前回の高橋前助役で検察側による証人尋問はすべて終了し、この日は弁護人による冒頭陳述と藤澤氏本人に対する質問が行われました。
 この日の公判廷で藤澤氏と弁護人は警視庁の予断による見込み捜査と違法な取り調べがあったことを暴露し、改めて藤澤氏の『無罪』を主張しました。

11時から約40分にわたった冒頭陳述の概要は次のようなものでした。

<事件の背景>

1.昨年5月の段階で藤澤氏の逮捕をねらい、別件で10日間にわたりSK氏を任意で取り調べたが立件できなかった。その後の6月、高橋前助役逮捕で押収した行動予定表から新光・石崎氏との会食の記録を発見、藤澤氏を贈収賄で立件しようと見込みと予断によって逮捕した。

2.石崎氏は捜査官から指名停止期間が長い『競売入札妨害罪』の適用を示唆され、また、他の幹部社員の逮捕や同業者の立件もあると言われ、自社の経営と業界に多大な損害が及ぶことを恐れて捜査官の圧力に屈し、『贈賄』という虚偽の自白におよんだ。

3.昨年9月18日の50万円収賄容疑での第1逮捕後、警視庁捜査2課の取調官は、藤沢氏に対して暴言、侮辱、脅迫的言辞を繰り返したため、藤沢氏は取り調べに抗議して黙秘に転じた。しかし、検察に対しては素直に聴取に応じた。10日間の拘留延長の後、100万円の収賄容疑で11月11日に第2逮捕となった。

4.第1次、第2次に分けて逮捕し、40日間の拘留で自白を可能にしようとした。しかし、第2逮捕の後に「自白しない限り、第3の逮捕もある」と言われ、44日間にわたる取り調べの脅迫的、侮辱的な罵詈雑言にもかかわらず、藤沢氏は自白しなかった。

<控訴事実の不存在>

1.平成13(2001)年10月1日に「重箱」で新光ビルの石崎、荒川と会食したが、50万円を受け取った事実はない。
 後援会費や政治団体機関紙への企業広告代金は毎年途切れる事なく振り込まれており、藤沢氏と新光は良好な関係にあった。「藤澤氏と疎遠になっていたので契約から外されると危機感を抱いた」という主張は全く事実に反し、贈賄の動機も存在しない。贈収賄であれば、その前提に『効力』の確認行為があるはずだが、それもない。

2.平成14(2002)年5月24日に区長応接室で石崎氏と面会しているが、扉は開放状態であり、100万円収賄の事実はない。
 受注の便宜をはかったのはは高橋前助役であり、藤沢氏にはその活動はない。高橋助役は総合スポーツセンター見積り競争でも金額を教示し、新光は受注に成功した。藤澤氏は契約に助力、貢献しておらず、従って謝礼はない。3ケ月にわたり礼すら述べていないことがその証しである。

3.贈収賄を立証するには「原資と使途の特定」が必要だが、どちらも特定できない。
 「金庫内にあった現金云々」という石崎氏の説明はあいまいで漠然としており、具体性がない。また、使途も不明である。

4.新光ビルは長年にわたり高橋前助役と極めて親密な関係にあった。指名業者選定委員会の実質的な権限は助役にあり、石崎氏はそれを知って高橋助役に接待攻勢をかけ、親密な関係を築いた。高橋前助役は自己の権限を最大限活用するため、他の幹部職員を「カヤの外」に置いて関与させず、藤沢氏も事実を知らなかった。

<結論>
以上により、被告人は無罪である。
(※弁護人は「重箱」での会食と区長応接室での面会はあったとを認め、この点で公判開始時の「罪状認否」を変更しました。)

 休憩後、藤澤氏は2時間半にわたり、落ち着いた口調で弁護人の質問に答えました。
 以下にその一部をまとめました。Q.は野崎弁護人、A.は藤沢氏です。

Q.あなたは捜査段階から一貫して否認していたが、取り調べの様子はどうだったか?
A.「重箱で金をもらっただろう。もう区長はおしまいだ」「お前の目はウソの固まりだ。」「ウソつき、サギ師、負け犬、税金ドロボー」などの暴言が繰り返された。「娘の会社、奥さん、弟、職員にもみんな捜査の手が伸びるんだから、一刻も早く自供しろ」と言われた。
Q.黙秘に転じたきっかけは?
A.「あんたの言ってることは全部ウソだ。区民と後援者に対してサギ師だ」と言われた。侮辱に耐えかねて黙秘した。
Q.黙秘に対してどのようなことを言われた?
A.「すべてを認めることになり、裁判で不利になる」「警視庁に対する挑戦だ。金も機材も豊富なんだから、黙秘すれば余計に張り切って捜査は厳しくなる」「お前は慶応のバカなお坊っちゃんだ」「目黒の薬師寺区長は迷惑をかけまいと自殺した。お前は黙秘なんかして恥ずかしくないのか」。毎日の取り調べはほとんど深夜までだった。
Q.体調は?
A.悪かった。最初の3日間はほとんど眠れなかった。警察病院で診断も受けた。
Q.再逮捕直後の取り調べでどんなことを言われた?
A.「2回で終わらないよ。何回でもあるよ。キチンと自供してみそぎを」「区の職員は手のひらを返して捜査に協力しているゾ」。机を叩く、蹴とばす、耳元で大声を出されて一両日耳が痺れてよく聴こえなかった。目の前にいきなり手を出したり、脇に来て怒鳴ったり、肉体的に恐怖を与えるようなやり方をされた。
Q.その間の10月14日から28日まで、弁護人は捜査2課に3回FAXを送っている。それぞれ「就寝時間の午後9時を超える取り調べ、黙秘を理由に大声や威圧的な取り調べ、はやめられたい。机を叩く蹴る、耳元で大声、顔前に手を出すなどの違法な取り調べに抗議する」という内容だった。取り調べは改善されたか?
A.「FAXなんか弁護士に出させるな、弁護士に言わせないで自分で我々に直接言え」と取り調べ状況に全く変化はなかった。
Q.そのような警視庁での厳しい取り調べにも関わらず、一貫して認めなかった?
A.はい、そうです。

Q.SKさんとはどのような関係か?
A.平成11(1999)年に知り合い、区長になったころから「荒川区長・藤澤志光事務所代表」を任せた。不在時の来客や陳情への対応、会合への代理出席、「都市政策フォーラム」の企画、政治資金の支出、管理、報告など、事務所代表の立場で活動していた。
Q.捜査2課から取り調べがあったのは、いつ?
A.昨年の5月中旬から下旬頃。
Q.取り調べの状況は?
A.私の『収賄』、ということで調べられた。自民党本部の職員だったMK氏から三河島の銀行にまつわって多額の金を受け取ったという話だ。
Q.三河島再開発で便宜を図った、その謝礼としてあなたにお金が渡っているということか? そうした事実はあるのか?
A.ありません。
(※ゆうこ注:私の側聞したところでは、その金はMKが「藤澤区長が便宜をはかるから」とある業者から受け取り、自分が着服して相手から詐欺罪で告訴されているとのことです。)
Q.ほかにSKさんはどんなことで調べられたのか?
A.私の会社「C」の借金返済を行っていた、これが『賄賂』だと。「C」は平成3年(1991)年、都議落選中に私が設立した。当時事務所で働いている人の収入に充てるために事業活動を行う必要があったので。
Q.金融機関から借り入れをし、返済をSKさんがしていたのか?
A.そうだ。平成12(2000)年からは、経営を実質SKがやっていたからだ。
Q.あなたの会社なのにSKさんが返済していたのは賄賂だということか?
A.はい。「『C』の返済は藤澤に世話になった、恩を感じている、だからやったんだろう」と言われ、上申書を書かされたが、署名は拒否してしなかった。取り調べは夜の12時頃まで続き、軽い脳梗塞を起こして救急車で日医大に運ばれ、2週間入院した。その後、取り調べはなかった。
Q.そして、まもなく高橋助役が逮捕された?
A.はい、そうです。

(次回につづく)