斉藤ゆうこのあらかわ日和

●4月からホームページにブランクを作り、またもあちこちから嫌みを言われる今日この頃。今年は22年目にして初めて、恒例の『元気クラブ春のつどい』を4月中旬に開催。忙しかったけど、選挙1周年の節目の集会ができました。「5月の連休は絶対に休む!」と各方面にストライキを宣言し、徹夜明けで2日にスタッフと雨の中を有楽町の『ラ・フォル・ジュルネ』に行きました。今年はシューベルト没後180年だそうで、秋山和慶指揮の上海交響楽団を聞いて大満足、「あしたからお休みだあ!」と解放感を味わったまでは良かったけど、後はなんだかグッタリして過ごした連休でした。

●今年の『春のつどい』から「議員になって20年しか経ってませんし!まだまだ若いのでコレカラです!」と挨拶することにしたのですが、やっぱり冗談の領域だったのね。若い私は、5月半ばになって恒例の気管支炎になり、一日おとなしくしては一日走り回るので一進一退。いまなお、人知れず咳をしながら過ごしています。それでも他人様からは「元気そうね!」と声をかけられる始末。見栄はってるんだね、きっと。

道端に咲いていた紫陽花

●さて、30日の臨時議会で委員会構成が変わり、私はマンション建築紛争に明け暮れた「建設・環境委員会」から久しぶりに「文教・子育て支援委員会」に所属することになりました。特別委員会の方は、つくばエクスプレスと日暮里・舎人ライナーが開通したため、「交通体系」が取れた「拠点開発調査特別委員会」に残留。しかし、新交通が開通してどのくらい「地域活性化」に貢献したのかは、いったいどこで検証するのかねえ。写真は6月10日の「拠点開発調査特別委員会」で、旭電化跡地の東尾久浄化センター、旧・道灌山中学校跡地、再開発が計画される三河島北地区(旧・真土小学校跡地)を視察した折り、道端に咲いていた紫陽花。季節を感じるひとときです。

●14日の岩手・宮城内陸地震の被害は予想以上に大きく、余震の中を捜索や復旧作業が続いています。中国・四川省の地震やミャンマーのサイクロンといい、今回の地震といい、どの国や地域の人々にとっても災害は悲劇的です。秋葉原の事件の余波もネット上で続いています。気の重くなる事が多いこの頃です。

歌舞伎座

●6月12日、老い先短くなってきた(?)母のお供で歌舞伎見物に。区議会レポートの原稿は予定通りに進まないし、ややこしい相談事はあるし、それどころじゃないんだけれど、娘が「お母さんも忙しいし、たまにはそういうのもないと」なんて言うのをコレ幸いに、仕事から逃亡して歌舞伎座へと出掛けました。昭和23年に建て直された現在の歌舞伎座は老朽化がすすみ、年内に取り壊して建て直すのだそうです。(写真)母は「仁左衛門の襲名のとき以来だから、もう10年も行ってないわ」と嘆いています。昔のヒトは歌舞伎を観に行くのが結構な楽しみだったのですね。「戦後に歌舞伎座が再建された時は、それはウレシかったものよ」と母は歌舞伎座を見上げて言いました。東京の人にとって、焼け野原になった銀座に復活した歌舞伎座は、戦争が終わって普通の生活が戻ってきた象徴だったのだろうと想像ができます。江戸時代に逆上れば、さらに大衆的な娯楽だった歌舞伎ですが、今でも「一幕見」の千円の席は、学生や薄給な若い歌舞伎ファンの物です。この席が一杯になるかどうかは、芝居の人気のバロメーターなのだそうで、役者さんたちも入り具合を気にするとか。私は、従兄が高校生の頃、東京文化会館4階の一番後ろの安い席に通って熱心にN響を聞いていた事を思い出しました。疲れたカラダで観にいった歌舞伎でしたが、今回は舞台美術にいたく感動。いいなあ、こういう仕事やりたかったなあ。もちろん、仁左衛門もヨカッタ。私、けっこうスキなんです。(2008.6.16)