斉藤ゆうこのあらかわ日和

東京に雪が降りました

●2月3日節分、東京に雪が降りました。いつも見慣れた街の景色も雪をかぶって別世界のよう。雪がシンシンと降り積もる様子はちょっと厳粛な雰囲気です。歌舞伎の世界では、雪は「どんどんどんどん」という太鼓で表現されますが、朝の雪は確かにそんなふうに降っておりました。雪の中、私は恒例の「おしるこ会」に出掛けました。東京の街は雪に弱く、タクシーは徐行運転。それでも雪の中を集まった女性ばかりの会合は、にぎやかに繰り広げられました。夜もまた、雪の積もった道を会合へ。「雪見酒はやっぱり、おでんに熱燗だ!」な~んてすっかり暖まってウチに帰り、「そうだ、豆撒かなきゃ!」と部屋の中に豆を撒きマシタ。年の数だけ豆を食べるなんて、もう無理っ。明けて今朝から気管支炎が悪化。どうも体重と体力は比例しないらしい、トホホ。(2008.2.5)

●米軍再編での基地拡大が争点となっている岩国市では井原勝介市長が辞職、この日曜日に市長選挙が告示されました。井原さんは再度立候補し、岩国市民に「市の将来をどうするのか」と問いかけています。昨年暮れに防衛省に要望書を提出した私たち全国の地方議員も、遠くから応援のエールを送っています。

バレンタインのチョコレート

●そうそう、バレンタインデー、なんていう宗教に名を借りたお菓子屋さん業界の一大イベントが近づいています。「義理チョコ」なんていう嫌~な言葉もある。私は毎年、「バレンタインデー? それ何のこと?」などとトボけていたのですが、今年は尾久事務所でやっている『川の手もとまち元気村』が、2月10日(日)の冠新道『星の市』で2種類のバレンタインチョコレートを売ることになりました。ひとつは『イラク医療支援チョコレート』。諏訪中央病院の鎌田實先生が代表を務めるJIM-NET(日本イラク医療支援ネットワーク)が企画したチョコレートで、湾岸戦争後の1990年代にイラクの子どもたちの間で急激に増えた白血病治療のための募金が含まれています。

●劣化ウラン弾の影響が言われる中、湾岸戦争後の経済制裁によって抗ガン剤や最新の医療機器の輸入が大幅に制限されたため、適切な治療が受けられず、多くの子どもたちが助かるはずの命を落とした、とJIM-NETのパンフレットは語っています。そして、2003年のイラク攻撃以降、イラクの病院は戦禍で疲弊し、機能不全に陥りました。そんな中で来日したイラクの医師たちと継続的な支援の方法が話し合われ、JIM-NETが出来たのだそうです。今回のバレンタインチョコレートは、北海道の『六花亭』が協力し、5粒のアーモンドチョコレートをイラクの子どもたちの絵のパッケージで包んで500円で販売。これを買うと、一日の治療に必要な400円が寄付されるという仕組みになっています。この印刷に関わったのが荒川区内の印刷屋さん、という縁で、売り切れ直前に仕入れることができました。

●もうひとつは、区内で一軒だけとなったメーカーが製造元のチョコレートビスケット。「おいしいよ!」と地元のM議員が推薦するこの商品は、あの89戸のワンルームマンション建設現場の隣で日夜、生産されております。今回は『川の手もとまち元気村』のスタッフが特別にバレンタイン包装をしてみました。こちらは100円と200円です。今年も、日暮里・舎人線の開通を地域商店街の活性化につなげよう!と頑張る『おぐコム・星の市』を応援して下さい。(2008.2.6)

首相官邸とアメリカ大使館

●きのう、きょう、ちょっと寒さが緩んでいますが、先週は寒かったですね~。14日、その寒風吹きすさぶ中を首相官邸とアメリカ大使館に行ってきました。11日に沖縄県北谷町でおきたアメリカ海兵隊員による女子中学生暴行事件に抗議するためです。写真は、厳重な警戒のアメリカ大使館前で「広範な国民連合」の地方議員仲間、横須賀の原田章弘市議、杉並の松尾ゆり区議と抗議文を手渡した後に撮りました。一昨年、横須賀で中年女性が米兵に殴り殺された事件、昨年11月に岩国で18歳の女性が米兵に集団暴行された事件と、加速するアメリカの戦争とともにエスカレートする日本国内での女性への性暴力は、もう我慢の限度を超えるところまできました。

●事件の前日の岩国市長選挙では、井原前市長が1800票弱という僅差で中央直結の自民党・公明党の『力ワザ』に敗れました。庁舎建設の補助金を止めて兵糧攻めにし、「岩国は第2の夕張になる」と市民にふれ回った汚いやり口に、私は久々に怒りに震えた。騒音訴訟で敗訴した厚木から空母艦載機を何とかして岩国に押し付けようとする政府。『米軍再編』を至上命題とするアメリカに追随して、反対する市長と市民を力づくで圧えつけた政府を、売国政府という以外に何と言うのか、教えてほしい。そして沖縄の事件の翌日には、広島地検で不起訴処分になった昨年11月の岩国の集団暴行事件が、実は最近になってアメリカの軍事法廷に訴追されていたことが判明。あのとき私は沖縄のあるヒトから「なぜもっと問題にしないの!ヤマトンチュは冷たいねー」と言われたけど、やっぱりそうだった…。そして今度は、普天間移設の海上ヘリポート建設が焦点の名護市で、酔った米兵が民家に上がり込んで寝ている所を逮捕される事件がおきました。

●戦後60余年、サンフランシスコ講和から50余年が経ってもこんな有様な日本は、真に独立していないのだ、とつくづく思います。「もう、米軍基地は出て行ってくれ!」と言う声が湧き起こるのではないか。アメリカ人はどうだろう。アフガン、イラクと国民を戦争に駆り立て続けてきたアメリカも、すでに『一強』ではなくなった。アメリカ国民が「もう、戦争は沢山だ!」と言う日が必ず来るだろう。沖縄の女性たちが基地の被害者、という立場に止まらず、世界の至る所で戦死させられてきた米兵の母親たちに『反戦』を働きかけてきた事は、なかなか本質的だと思う。(2008.2.21)